2012年1月28日土曜日

まとめ

あっという間の半期でした。多くのことを学んだかどうかはみなさん次第です。

私の反省は、予定したことの半分もできなかったことと、ちょっと自分自身が忙しかったことで、ていねいに様々な資料を提供できなかったことと、みなさんのニーズが今一歩把握できなかったことです。満足できなかった方には申し訳ありません。

ま、終ってしまったことは仕方がありません。何か一つくらいはみなさんの教師生活あるいはその他のことで役だってくれることを期待するだけです。何か質問のある人はいつでもご連絡ください。

さて、レポートを一通り読ませてもらいましたので、感想を述べておきます。授業はもう終ってしまったので、読むかどうかは分かりませんが、一つのくぎりとしたいと思います。

20人分のレポートを読ませてもらいました。目的は、大雑把に言えば、reflective thinkingを経験してもらいたいということと、teacher as researcherを意識して教職を考えてもらいたいということでした。その点をレポートはよく反映していて、たいへん面白かったというのが率直な印象です。「自分を見つめる」ということは大切です。それも発展的に自分の成長を考えられるようにふりかえられるかということが重要と考えています。その点がいくつかのレポートには顕著に見られました。

「教える」ということはいわゆる自然科学のようにはいきません。日本の伝統的な教育学や心理学では解決できない多くの複雑な要素が絡み合っています。特に、日本の多くのふつうの教育現場で働く教師には、教科だけを教えることでは解決できない実に情緒的な状況が加味されています。ですから、私は、ある指導法にはこだわりません。ある指導法にこだわれば、ある面で楽かもしれませんが、自分でそれを選ぶ、探す、見つけるほうがいいと考えています。

みなさんに模擬授業を一人で実践してもらったのも、また、あまり設定をきちんとしなかったのも、みなさん自身が一人で決めることの重要性を意識してもらいたかったということです。つまり、意思決定(decision-making)が教師には多くの場面で要求されます。これは、私の経験からすれば、失敗が多いし、単に訓練でだけで解決できるものではないと考えています。それを一度経験してもらいたかったということです。

おそらく、大学の教職で学んだことは教育実習ではあまり生かされません。教育実習の実際とはかなりかけ離れていることが多く、また、実際に教育現場に入って教師となって英語を教える場合には、さらに異なる場面に遭遇するでしょう。レポートの中にはその点にも触れている人がいました。そういう状況の中でも、英語教師には一つの使命があります。それは、「生徒が英語を学ぶのを支援すること」です。それがプロフェッショナルだと思います。

英語を教える方法はさまざまです。大切なのは、「生徒が英語を学ぶのを支援すること」という目的がぶれないことだと思います。そのためには、自分の英語力を高めることと、英語を教える力を身につけることと、言語力全般への関心と、それに付随する様々な知識と技能につねに興味を持っていることだと思います。その意味で、教師はおもしろいと、私は考えています。

レポートを読んで、みなさんの多くが、たいへん真摯に「教える」ことを考えてくれていることをうれしく思いました。ぜひ、がんばってください。ただ心配なのは、考えていることと実践することは必ずしも一致しません。模擬授業でもその点に触れている人がいました。何事も思ったようにいかないし、他人の受け取り方はすべて同じではありません。その面から、教師はリサーチャーとして姿勢をいつも意識する必要があるでしょう。自然科学とは異なる科学的な思考をたえずすることが大切です。

さいごに、一言。「教える」ことに正解はありません。何度も言いました。が、効果的に教えることは大切です。生徒の学びは様々ですが、学びを刺激するために「分かる」ように効果的なアプローチをする必要があります。その際に、「自分はこの教え方しかできない」「私はこの教え方が好きだ」「私の教え方に従いなさい」は、ときに、生徒を不幸にすることもあります。情熱を持って教えることは大切ですが、自分がしている教え方が本当に効果的なのか、生徒を満足させているのか、ということは、いつも考えていただきたいと思います。

では。これから教育実習に行く人はがんばってください。乱筆乱文ご容赦ください。