2016年7月4日月曜日

模擬授業5

授業は、ある時期から、目標を定め、綿密な計画のもとに、科学的な根拠に基づいて学習指導を展開し、適切な評価・測定をすることで、学習者にフィードバックすることを求められてきました。つまり、「〜すれば、〜するようになるだろう」と計画し、「実際に〜してみる」、その結果、「〜するようになった」という、

Plan      Do     See

が大切にされてきました。しかし、どうもそうではないのではないか?と思っています。もっと複雑だろう。授業に限らずなんでも世の中は複雑だなと思います。この授業では、何かを体系的に学ぶのではなく、そのプロセスを考えようとしました。

さて、感想です。

8 模擬授業8
N先生の模擬授業はあまりきちんと考えられていませんでした。たぶんこの模擬授業に対する優先順位が低い結果だと思います。もう少し模擬授業に対する意識付け、目標設定がしっかりしていれば、自分でも納得すると思います。それはそれとして、終わったことをどうのこうの言っても仕方がありません。このN先生の授業から、英語授業のあり方を考えましょう。

まずは指導案はなぜ必要か?です。指導案に書式はありませんが、伝統的にある形ができています。結局は、授業で、何を目的に、英語の何を、どう教えて、どう定着させて、どう評価するか、を、実際の展開を想定して、シナリオを描くことです。絵コンテと言っても良いかもしれません。問題はやり直しがきかないことです。よく授業は、演劇に例えられますが、必ずしもそうではありません。教師は、パフオマーではないし、役者でもありません。監督でもありません。教師は教師(教える人)です。また、主役ではありません。主役は生徒です。学ぶ人が中心です。学ぶ人のために教師は準備するのです。それが指導案です。いい加減であれば、いい加減な結果しか出ないでしょう。また、生徒の学びに自然な展開を提示しなければいけません。N先生は、指導案もそうでしたが、「教える」ということを想定していなかったと言わざるを得ません。それはN先生自身が一番わかっていることです。

次に、指導案よりももっと重要なのは教師の考え方です。英語教師は、英語の知識や技能が必要です。でもそれだけではダメです。その知識や技能がどうして形成されるかを理解している必要があります。その理解の基礎ができていると、実際の授業の際に、ただ説明するだけでは「教える」ことにはならないことがわかります。この生徒にはどう提示したらいいのか、どうしたら読む力、聞く力がつくのか、どういう活動をしたら生徒は話す力がつくのか、何をどうアドバイスしたら、書く力がつくのか、どうやったら意欲が湧くのか、などなど。このようなことは、ある程度の方法論は本を読めば理解できるでしょう。しかし、大切なことは自身の教える、学ぶ工夫を考えることです。N先生はやはりこの点をあまり意識していないで、表面的な活動をなんとなく模擬授業で展開しました。

授業では何度か言いましたが、模擬授業では失敗した方が良いということです。大切なことはなず失敗したのか?を考えることです。「次はこうしよう」と思うことです。教師に本当になりたい人は、その点を心がければいい先生になると思います。

N先生は教師としても十分ないい素養を持っています。が、教師は目指さないということなので、この程度にしておきましょう。ありがとう。

さいごに、8つの模擬授業を見て思ったことを述べて終わります。

今回は人数が少なかったのですが、その分、実践的には細かい点を考えることができました。今回は、あまり思い切った実験的な模擬授業はなかったのが残念ですが、私自身は、なぜ文法にこだわるのか少し疑問に思いました。多くの人が文法指導にこだわっていたようです。文法は確かに重要ですが、私には、コミュニケーション活動や英語を使う活動がもっとあった方が学習者には良いと思います。実際の教育実習ではそのような英語を使う(聞く、話す、読む、書く)活動をどう展開したら、学習者が英語を意欲的に学び、かつ実践的に学ぶようになるのかを工夫することが大切かなと思います。この点に多くの教師は悩むことが多いです。ぜひ考えててください。









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