一度考える時間を持ち、次に進みます。いろいろな工夫が前に進むと思います。正解などはないですが、授業の正解は、その授業の対象である生徒が判断する、ということに尽きると考えてます。私が何を言おうが関係ないですが、独りよがりも困りますね。自分はこう考えるから、これが好きだから、これがいいと思うから、生徒の意見は聞かないというのはあまり良いことではないと考えてます。
「自分はこのように教えられたからそのように教える」という考えは、Lortie (1975)という人が述べているapprenticeship of observation (観察の徒弟制)という説明に帰します。「教える」ということは、まず、目標があって、カリキュラムがあって、シラバスがあって、一つ一つの授業や活動につながります。つまり、授業活動の一つひとつは、単なるパーフォマンス(演示)ではありません。
模擬授業は、それでもパーフォマンス(演示)としてしなければいけないので、皆さんも戸惑うところです。ま、これをもとにいろいろと考えて、創造的に英語を教えることを考えましょう。
模擬授業8
SSくんの授業でした。自然な英語でとてもよかったですね。英語を自然に使っている場を経験してきたことは英語教師としては、それだけで強みです。授業ではグループでもタスクを行いました。実際のごく普通の中学校3年生を対象にした場合は、ていねいな指導が多分必要です。大学生を対象としているので一人ひとりの能力に助けられたので、うまく進行しました。
活動自体は、関係詞を使う説明です。あるパターンを示し、使用する語句をうまく提示し練習すれば、中学生でもけっこう楽しんでできると思います。ただ、なぜこの活動なのかは全体の指導の流れの中できちんと把握しておく必要はあるでしょう。授業ではAung San Suu Kyi の話でした。ノーベル平和賞のトピックです。今年は、ICANでした。全体の授業の流れからすると関係詞だけの学習を意図するグループ活動のねらいが、私にはどうしても浮いて見えました。文法に焦点を当てた活動は、それほど新しいことではなく、伝統的な活動です。誰がが指摘した通り、できれば、コミュニケーションの必然性をグループ活動に入れて、互いにやりとりができれば良いと思います。
授業は、SSくんはとても上手で、生徒への支援も適切でした。教師としておそらく問題なく、生徒にも慕われる先生になると思います。実際に目の前に生徒がいると、それに合わせてうまくできると思います。英語も少し速いのではないかという指摘もありましたが、多分、相手が分からなければ調整できると思うので、おそらく問題ないでしょう。自然な英語はとても大切だと思います。授業はとてもいい雰囲気でした。
模擬授業9
Kさんの授業は高校1年生を対象とした授業で、Kさんも英語もとても良く、Warm upも上手にでき、いい授業ができると思います。最初の導入で教科書内容の文字の成り立ちの例を出していました。私は、この授業はそこに焦点を当てるべきだったと思います。生徒は関心を示すと思うので、このタスクを考えさせたり、調べさせたりすると、面白いと思いました。そこで、動名詞を使って、説明したりする活動をするとより効果的だったのではないかと思います。
前回にも書きましたが、文法を教えることが英語の授業ではなく、英語のコミュニケーション力を育成することが目的です。動名詞にあえて焦点を当てなくてもよかったのではないかと思います。中学校での既習事項なので教科書の内容を学ぶ中で導入すればそれでよかったのでは。ジェスチャーは、指摘にあったように、何かの表彰が簡略化されて文字になったという文化と関連した活動というように、教科書の内容とつながっていると、この授業はとても良い授業になりました。
模擬授業だから仕方がないことですが、どうしても20分という枠で考えます。グループワークなどの活動をすることは、生徒にはとても重要です。大学生相手だとあまり手がかかりませんが、問題は、活動の手順をどう説明し、どうやったら高校生がうまくできるかを考えることです。うまくいかない場合はどうするか?できないグループがあったらどうするか?グループ活動の後に、タスクを全体でどう共有するか?活動の修正をどうするか?などなど、を模擬授業で確認しておくことが大切です。うまくいったからよかった、では、模擬授業の意味はないですね。
Kさんも英語は自然に身についているので、それを生かして教えれば、英語授業はおそらく何も問題ないです。が、問題は、自分の良さや発想を大事にすることだと思います。人の前をしたり、私や本にこう書いてあるから、というようなマニュアルではなく、自分の英語の授業を生徒のために指導することが大切です。導入で行なった文字の成り立ちの部分の発想はとてもよかったと思います。
模擬授業10
Oくんにはちょっと衝撃を受けましたね。授業の大きな要素は、結局、教師の個性です。その点で、Oくんは個性的でした。悪い個性ではなく、とても良い教師向きの個性でした。特に興味深かったのが、英語と日本語の両方を効果的に使っていた点でした。中学校1年生ということでそうしたのだと思います。これには異論もあるでしょう。ちょっと間違えるとうまく行かないかもしれません。でも、今回は、緊張のせいか、生徒を座らせるのを忘れてしまうという失態もうまく納めました。
実際に中学校1年生を教える場合は、これではうまく行かないでしょう。基本をていねいに教える必要があります。発音、音と文字の関係、綴り、英語の統語のルールなど、大学生が考えるよりも、もっと帰納的に多くの例を与えて指導する必要があります。けっこう手間がかかります。ワークシートだけではうまく行かないと思います。ピクチャーカード、動画など飽きさせない工夫が必要です。また、地道に、ていねいな音読、書く練習、聞く練習、発話など、コツコツと授業で実施する必要があるでしょう。
Oくんの授業を見ながら、教師の個性のことを考えました。英語の先生はどちらかと言えばパッとしない職業です。私はパッとしない先生が好きです。パフォーマンスがうまく目立つ人は基本的に好きではありません。これは私の個人的な好みですが、地道に教えることを考える先生が好きです。けっこうたくさんいます。Oくんは目立つ訳ではなく、教え方も上手とは言えないかもしれませんが、よく考えていると思います。無理をしない姿勢がいいです。真摯にその姿勢を貫けば、いい先生になります。
授業は、生徒のことをどれだけ考えられるか、その工夫がていねいにできるか、授業後にどのよう振り返るか、で決まると思います。皆さんの今後に期待です。
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